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音楽と物語に関する文章を書いています。
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1990年代半ばのTKの音楽は評価されて然るべきです
昨日受けたファースト・インパクトは徐々に収まってきましたが、それでも電車の中やコンビニの入り口にちらりと見える新聞の見出しや、そこかしこで話している人たちの声が、どうしようもなく切ない気持ちにさせます。この話題を聞くだけで嫌悪感を覚える、というわけではなく、直接話をするのであれば、まったく問題はありません。むしろしゃべっている方が気が楽なもので。つらいのは、ただ見たり聞くだけの状態です。テレビなんかはその際たるものです。昨日からまったく見ていません。

事件は事件として、それは否定できないものですが、とりあえず一度切り離して考えてみたいことがあります。1990年代にTKが世に送り出した音楽は、今後否定されてしまうのだろうか、ということです。僕はあのプロデューサー時代と言われる時期が好きではないんですが、それとは別に、1990年代半ばのTKの音楽は評価されて然るべきだと、ずっと思っています。みんな楽しんだでしょ?というのがその理由です。一般リスナーも音楽業界もそれぞれに、広義の意味で利益を得ていたはずです。それを忘れてはならないと思います。もちろん、功だけではなくて罪の部分もあるとは思いますが。

■参考
inthecube: TKの「これから」、TM NETWORKの「これから」、音楽の「これから」

太田光の言葉に「価値を認めたものと心中する覚悟はあるのか」というものがあります。今回の事件でも引き合いに出されているであろう、堀江貴文のライブドア事件に関する言葉です。時代の寵児と言われてヒーローのように扱われていたけれど、粉飾による逮捕をきっかけに、それまでやってきたことも人格もやたら否定されていた記憶があります。なぜそんな掌返しが起きるのでしょうか。たぶん、怖いからだと思います。支持してきた人間が悪い人間だと言われたら、自分まで悪い人間のように思われる、それは怖い、だから否定する、自分とは違うんだと。太田光は「価値を与えるということは、自分を賭けること、自分を映すこと」とも言っていました。僕は、1990年代のTKの音楽に価値があると言う以上、それを覆すことはありません。覆しようがない。

ショックから立ち直るにはまだ時間がかかりそうですし、質の悪い風邪のようにじわじわダメージを受けていますが、それでもリハビリのように考え続けることにします。それもまたいずれ新しい音楽を聴きたいと思えばこそ。

2008.11.05
by mura-bito | 2008-11-05 23:10 | Life
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