inthecube
音楽と物語に関する文章を書いています。
ワイルドじゃなくてもいいからタフになりたい
OUR WORLD IS EXPRESSED BY IMPRESSIVE WORDS
TM NETWORK - I am
TM NETWORKの新曲、「I am」。新しいTM NETWORKの音楽を聴くことができたのは、4年半ぶりですね。永遠にも似たインターバルでしたが、こうして晴れて新しい音楽に触れられるのは本当に嬉しいことです。

第一印象は「優しいメロディとクールな音がぴたりとはまって、言葉の輪郭が際立つ」です。そして3人の声が混ざり合ったり、屹立して響いたり、音楽的に素晴らしいと思います。アルバム『SPEEDWAY』のときから小室さんの声が前に出るようになりましたが、この新曲でもその傾向がありますね。自身の書いた言葉を少しでも多くの人に伝えようとしているのか、少しずつ、前に、前に。
小室さんが書いた詞とじっくり向き合います。虚空に向けたモノローグではなく、届けるべき人に向かってはっきりと言葉を投げかける、いわゆるダイアローグ(会話)ですね。それは自身の家族かもしれないし、僕らのようなファンかもしれないし、あるいはもっともっと多くの遠巻きに見ている群衆かもしれません。茫漠たるこの音楽の世界で屹立する言葉です。
僕の好きなフレーズを引用しました。譜割はかなり細かくて、ほとんどラップのような言葉の詰め方です。あふれそうな音符にあふれそうな思いが詰め込まれ、それをウツが歌って、僕らは思いを受け取ります。僕らはひとりでは生きていけない、誰かと生きていくべきではあるけれど、それだってそんなに簡単なことじゃない。「与えられたギフトさえも/お互いのため使い切れない」というフレーズが胸に突き刺さりますね。得ようとして得たものではなく、恵まれて手に入れることができたものでも、時としてうまく使うことができない。不器用なんですよね。しかも、自分だけじゃなくて、相手も同じように不器用な日々を送る。けれどもそんな不器用さも含めて、それが生きるということなのでしょうか。
TM NETWORK - I am
2012.04.30
【追記】
「I am」でギターを弾いているのは、Limp Bizkitに所属していたこともあるマイク・スミスです。これまでのTM NETWORKにはない雰囲気を感じる音ですね。Limp Bizkitっぽいというにはそれほど知らないのですが、ヘビー・ロックの金字塔であることは間違いない。そのギター・サウンドは重くて、分厚くて、マグマのように熱くうごめいて唸る。そんな音がTM NETWORKの曲に入っているのです。ヘビー・ロックの荒々しさは抑えられていますが、重厚な音が響き続けています。ラジオで流れたラフ・ミックスではギターは入っていなかったようで、ハーモニカの音も聴くことができます。完成形ではハーモニカの部分がギター・ソロに差し替えられていますが、ハーモニカの印象を引き継いでいるのか、ポップスらしいきれいな音ですね。
曲の構成も、なんだか不思議です。ポップスなりロックなりそういうポピュラーな音楽に耳が慣れていると、ものすごく違和感を感じるだろうと思います。いわゆるAメロっぽさを持つ部分が途中で登場するし、どれがサビ?Bメロ?どこまでがサビ?というように、J-POPあるいは歌謡曲のようなポップ・ミュージックのフレームが当てはまらない。なんと言うか…分かりやすい音楽とは次元を異にする曲なのではないかと。否定しているってわけではなくて、次元が、世界が違う。ふと思ったのですが、テーマ・メロディとソロで構成されるジャズに近いかもしれません。ジャズに関して僕はあまり複雑な定義をつけてはいないのですが、次の展開が読めない熱い音楽、という点はジャズの大いなる魅力だと思っています。それと同じものをこの「I am」に感じるのです。
2012.05.16
【追記】
「I am」を何度も聴いて、その言葉を噛みしめて考えを巡らせています。やはり心の片隅に引っかかって気持ちを揺さぶられるのは、上記に引用した箇所ですね。その中で、今度は「ほんの少しだけの遅れは/急いですぐ戻ってくればいい」という歌詞が引っかかっています。「遅れ」なのに「戻る」というのはどういうことなのだろう。誰かのために踵を返す、ということなのでしょうか。「遅れ」という言葉に、僕らは何を込めるのか。小室さんが込めた意味というよりも、それを耳にした僕らの中で広がる世界が大事なのかもしれません。ひとつの言葉にイメージが刺激され、膨らみます。イメージがイメージを呼ぶ、小室さんの言葉です。
「群れに集う その瞬間は/明日はともかく みな喜ぶ」というフレーズもまた気になるのです。「明日はともかく」という冷めたような現実的な言葉が、明るい言葉の間にそっと潜り込む。「みな喜ぶ」って、それだけピックアップすれば掛け値なしにポジティブですよね。けれども「明日はともかく みな喜ぶ」という風につながると、単純な二元論では語れない思いが存在するような気がします。明日になったら何があるかわからないけれど、まずは目の前にある今日を大事にしたい、というささやかな願いなのかなと思いました。「考えさせない」と「考えさせる」の中間にある言葉の置き方ですね。とてもおもしろい言葉の使い方です。
2012.05.30
【追記】
「I am」のボーカル入りとインストゥルメントは、別物なのではないかと思います。もちろん、バック・トラックはまったく同じです。単純に声をバック・トラックに重ねていると言うよりは、言葉も楽器のひとつというか、まるで音をオーバーダビングしているかのよう。言葉の有無で印象やイメージが変わる曲、ということでしょうか。渋谷公会堂のスピーカーを通して「I am」を聴いてから、そんなことを感じます。
そういえば「I am」をどこかのジャンルに放り込むならば、どれだろうか。ロック?ポップス? iTunes Storeとしては「J-POP」ですが、これはもともと音楽のジャンルと呼ぶべきものではない。そんなことはまあともかく、J-POPだろうが何だろうが、何に括られても「I am」は「I am」なのだろうと思うのです。カテゴリーの違いによって音が、言葉が、すり減るわけでもない。なんとなく、5年前の『SPEEDWAY』あたりからそんな感じですよね。
2012.09.05
【追記】
「I am」のミュージック・ビデオは、YouTubeに公開されているものと、DVD/Blu-rayディスクに収録されたものには違いがあります。後者の方が長く、完全版と呼んでいいと思います。街中を走るひとりの女性が随所でフィーチャーされているのですが、YouTubeの方では、立ち止まって下を向いているところで映像が終わり、音がフェードアウトしていきます。DVD/Blu-rayディスクではそこから顔を上げ、微笑みます。ほんの少しだけの違いですが、このカットがあるのとないのとでは、全体の印象が大きく異なりますね。
明け方の街でしょうか、女性は呆然とした様子で歩いていますが、その足元はおぼつかない。まとめていた髪をほどいて、走り始める。誰もいない街の中を駆け抜け、駅のホームを走る。行き交う人の波をすり抜けるように走る。そしてふと立ち止まり、顔を上げ、笑顔を見せます。走る姿は何かから逃げていたようにも思えたのですが、最後に輝いた笑顔を見て、それは違うかなと思い直しました。映像に散らばっているメタファーを組み合わせてみると、誰もいない孤独な世界から多くの人が行き交う世界へ戻ってきた、という見方もできますね。これからも走り続けることを決意したような、そして覚悟を決めた笑顔なのかもしれません。
2012.10.21
【追記】
「I am」をカラオケで歌う機会がありました。軽く口ずさむだけでもそうですが、歌ってみるともっと気持ちが上がります。ラップのように流れる言葉もはっきり音にして、言葉の意味を感じながら歌うのがいいんじゃないでしょうか。そして、歌いながら画面に映し出された歌詞を眺めます。この曲で紡がれている言葉は独特のポジションにありますね。内省的なポエムでもなければ、説教じみた言葉でもない。そっと重ねられた手のひらの温かみのようにも、はるか遠くに揺らめく灯火のようにも感じます。
この曲のボーカルはパーカッションに似たものを感じるんですよね。2004年にデビュー曲をリメイクしたときにはウツ自身が同じことを述べていましたが、そのときは「歌も楽器のひとつ」というTM NETWORKの基本スタイルを強調する文脈だったと僕は思います。「I am」では、本当の意味でパーカッションに思えます。音をゆるやかに伸ばしたかと思えば、ぎゅっと凝縮して詰めてくる。流れるように変化する譜割が、音を抜き差ししたり細かく刻んだりするパーカッショニストをイメージさせるのです。
2012.12.09
【追記】
インストゥルメンタルを聴いていると、それまで気づかなかった音が聞こえることがあります。耳に入ってきてはいても、それを自分の知らない音だとは認識していなかった、ということなのですが。ボーカルやギター、他の音に紛れていた音が、ある瞬間にふと飛び出し、音の群れをすり抜けて耳に、心に飛び込んでくる。そうなると、それまで聴いていた音楽が少し変わります。別物になるとまでは言いませんが、ほんの少し立体的になり、そして輝きが増す。アクセサリーみたいなものでしょうか。存在は小さいけれども、それがあるのとないのとでは全体の雰囲気が異なる。
小室さんがGoogle+にポストした内容によれば、「I am」のトラックは、48チャンネルの音で構成されているそうです(もちろん、ミックスの過程で変わっている可能性はある)。ボーカルはもちろん、マイク・スミスのギターや目立つ音のシンセサイザーは耳に残りますし、それが曲の基本的なイメージを決めています。その向こう側にある、40種類を超える音はわずかに鳴っていたり、音同士が混ざり合っていてリスナーにはほとんど意識されないかもしれません。そんな中で、ふとした瞬間に出合う音は宝探しのようです。新しく発見することのできたこの音の役割は何だろう?と考えるのもまた、ひそかな楽しみです。「I am」は、緻密に重ねられた音のレイヤーを楽しめる曲でもあるのです。
2013.01.12
【追記】
小室さんのソロ・アルバム『DIGITALIAN IS EATING BREAKFAST 3』を聴きながら、そこに近年の傾向が詰まっていると感じています。音符が五線譜を上り続けて、途中で少し下がり、そしてまた上り始める。そのパターンを繰り返しつつ、曲の中で少しずつ変化させていきます。そのダイナミックな上下動がエネルギーとなって、BPMの上昇によらず、曲に勢いや高揚感を与えているのではないでしょうか。小室さんの曲と言えば転調やキーの高さが特徴とされていましたが、ここ数年は重心が異なるところに置かれている気がします。
「I am」では、いくつもの音がシンセサイザーで奏でられていますが、曲を構成するメインのフレーズが音の上下動を見せています。1小節の中で音は上に移動して(右上がり)、それが2回リフレインした後、4小節目では右下がりの移動を見せます。このパターンをしばらく繰り返してから、全体の音階が少し上がって、同じ上下動が起こります。音を上げていくパターンを聴かせてから下げるパターンで印象を残す。その後、繰り返しによって慣れたところで、音階を上げたパターンを提示することで耳が覚えていたパターンとの不整合を起こさせ、予定調和が崩壊します。二重の上下動を仕掛けておくことで、変化のあるサウンドになっているのです。通常、こうした不整合は記憶や学習の阻害になりやすいとされています。けれども、意表を突くことで聴き手の高揚感を煽る効果があるのではないでしょうか。「I am」の高揚感は、こうしたシンプルながらもダイナミックな音の上下動が一役買っているのだろうと思います。
2013.03.20
【追記】
次の物語に関するキーワードや気になるメッセージが配信されていますが、少し時間を巻き戻して、とても嬉しいニュースが飛び込んできました。2004年に "DOUBLE-DECADE" というテーマで開催されたライブ・ツアーの最終公演で、「GREEN DAYS」という曲が演奏されました。その後、リリースのアクションがなくてがっかりしていたところ、9年の歳月を経て、ついにCDとして発売されることが決まりました。スタジオ録音としてミックスも新たに施し、「Green days 2013」というタイトルでリリースされます。そして、そこに「I am」のバージョン違い、リミックスも収録されるとのこと。
ひとつは「I am 2013」。ラフミックス時のハーモニカが採用されるのか? いやいや、ラフミックスともオリジナル・ミックスとも異なるんじゃないか? この1年、オリジナルを何度も何度も聴き込みましたからね…。新しい音の予感に、期待は高まります。もうひとつは「I am -TK EDM Mix-」。1年前に、小室さんが「クラブ・ミックスをつくろうとしたけど時間がなかった」とtweetしていたのですが、今回のEDM (Electronic Dance Music) スタイルへの転化は当初の予定を実現することになります。しかも、昨今のダンス・ミュージックを代表するカテゴリーであるEDMですから、TM NETWORKとしては予想外のサウンドになるんじゃないか。そんなことを思います。わくわく…
2013.07.15
【追記】
現在、「I am」の音源は5種類あります。オリジナル・ミックス、インストゥルメンタル、2013ミックス、TK EDM MIX、そして「FINAL MISSION -START investigation-」のライブ音源。それぞれ音の存在、音の違いを存分に楽しむことができます。これまでの追記で散々書いてきたとおり、聴くたびに新しい音を感じたり、新しいイメージが浮かんだりします。インストはともかく、他のミックス違いについて言えば、ボーカルをそのまま使っているのが共通する特徴ですね。3人のハーモニーや綴られる言葉に重きを置いている、と解釈することができます。
ふと思いました。「ほんの少しだけの遅れは/急いですぐ戻ってくればいい」という部分を、ひとりの視点だけで捉えようとしたために、そこでイメージが立ち止まってしまったのではないか。映像が切り替わるように視点がシフトすると考えてみます。すなわち、ひとりが遅れても、みんなが戻ってきて、手を引いて一緒に進めばいい。視点が変わることで、孤独なモノローグではなくなるし、つながりが浮かび上がってきます。そして「群れに集う その瞬間は/明日はともかく みな喜ぶ」という言葉で、視点が俯瞰に変わります。相変わらず「明日はともかく」が強い印象を、そして謎を残しますが、これもまた視点の変化なのかもしれません。歌詞におけるダイナミックな視点の変化も、「I am」の音楽的魅力と言えるでしょう。
2014.01.07

小室さんが書いた詞とじっくり向き合います。虚空に向けたモノローグではなく、届けるべき人に向かってはっきりと言葉を投げかける、いわゆるダイアローグ(会話)ですね。それは自身の家族かもしれないし、僕らのようなファンかもしれないし、あるいはもっともっと多くの遠巻きに見ている群衆かもしれません。茫漠たるこの音楽の世界で屹立する言葉です。
ほんの少しだけの遅れは
急いですぐ戻ってくればいい
群れに集う その瞬間は
明日はともかく みな喜ぶ
人が人と向き合うこと
ひとりだけじゃやりきれない
だけど歩くスピードさえ
違う向きも夢も思いも
与えられたギフトさえも
お互いのため使い切れない
それでも君 思いを決める
汗もふけずに
TM NETWORK「I am」(作詞:小室哲哉)より
Uta-Net: I am - TM NETWORK
急いですぐ戻ってくればいい
群れに集う その瞬間は
明日はともかく みな喜ぶ
人が人と向き合うこと
ひとりだけじゃやりきれない
だけど歩くスピードさえ
違う向きも夢も思いも
与えられたギフトさえも
お互いのため使い切れない
それでも君 思いを決める
汗もふけずに
TM NETWORK「I am」(作詞:小室哲哉)より
Uta-Net: I am - TM NETWORK
僕の好きなフレーズを引用しました。譜割はかなり細かくて、ほとんどラップのような言葉の詰め方です。あふれそうな音符にあふれそうな思いが詰め込まれ、それをウツが歌って、僕らは思いを受け取ります。僕らはひとりでは生きていけない、誰かと生きていくべきではあるけれど、それだってそんなに簡単なことじゃない。「与えられたギフトさえも/お互いのため使い切れない」というフレーズが胸に突き刺さりますね。得ようとして得たものではなく、恵まれて手に入れることができたものでも、時としてうまく使うことができない。不器用なんですよね。しかも、自分だけじゃなくて、相手も同じように不器用な日々を送る。けれどもそんな不器用さも含めて、それが生きるということなのでしょうか。
TM NETWORK - I am
2012.04.30
【追記】
「I am」でギターを弾いているのは、Limp Bizkitに所属していたこともあるマイク・スミスです。これまでのTM NETWORKにはない雰囲気を感じる音ですね。Limp Bizkitっぽいというにはそれほど知らないのですが、ヘビー・ロックの金字塔であることは間違いない。そのギター・サウンドは重くて、分厚くて、マグマのように熱くうごめいて唸る。そんな音がTM NETWORKの曲に入っているのです。ヘビー・ロックの荒々しさは抑えられていますが、重厚な音が響き続けています。ラジオで流れたラフ・ミックスではギターは入っていなかったようで、ハーモニカの音も聴くことができます。完成形ではハーモニカの部分がギター・ソロに差し替えられていますが、ハーモニカの印象を引き継いでいるのか、ポップスらしいきれいな音ですね。
曲の構成も、なんだか不思議です。ポップスなりロックなりそういうポピュラーな音楽に耳が慣れていると、ものすごく違和感を感じるだろうと思います。いわゆるAメロっぽさを持つ部分が途中で登場するし、どれがサビ?Bメロ?どこまでがサビ?というように、J-POPあるいは歌謡曲のようなポップ・ミュージックのフレームが当てはまらない。なんと言うか…分かりやすい音楽とは次元を異にする曲なのではないかと。否定しているってわけではなくて、次元が、世界が違う。ふと思ったのですが、テーマ・メロディとソロで構成されるジャズに近いかもしれません。ジャズに関して僕はあまり複雑な定義をつけてはいないのですが、次の展開が読めない熱い音楽、という点はジャズの大いなる魅力だと思っています。それと同じものをこの「I am」に感じるのです。
2012.05.16
【追記】
「I am」を何度も聴いて、その言葉を噛みしめて考えを巡らせています。やはり心の片隅に引っかかって気持ちを揺さぶられるのは、上記に引用した箇所ですね。その中で、今度は「ほんの少しだけの遅れは/急いですぐ戻ってくればいい」という歌詞が引っかかっています。「遅れ」なのに「戻る」というのはどういうことなのだろう。誰かのために踵を返す、ということなのでしょうか。「遅れ」という言葉に、僕らは何を込めるのか。小室さんが込めた意味というよりも、それを耳にした僕らの中で広がる世界が大事なのかもしれません。ひとつの言葉にイメージが刺激され、膨らみます。イメージがイメージを呼ぶ、小室さんの言葉です。
「群れに集う その瞬間は/明日はともかく みな喜ぶ」というフレーズもまた気になるのです。「明日はともかく」という冷めたような現実的な言葉が、明るい言葉の間にそっと潜り込む。「みな喜ぶ」って、それだけピックアップすれば掛け値なしにポジティブですよね。けれども「明日はともかく みな喜ぶ」という風につながると、単純な二元論では語れない思いが存在するような気がします。明日になったら何があるかわからないけれど、まずは目の前にある今日を大事にしたい、というささやかな願いなのかなと思いました。「考えさせない」と「考えさせる」の中間にある言葉の置き方ですね。とてもおもしろい言葉の使い方です。
2012.05.30
【追記】
「I am」のボーカル入りとインストゥルメントは、別物なのではないかと思います。もちろん、バック・トラックはまったく同じです。単純に声をバック・トラックに重ねていると言うよりは、言葉も楽器のひとつというか、まるで音をオーバーダビングしているかのよう。言葉の有無で印象やイメージが変わる曲、ということでしょうか。渋谷公会堂のスピーカーを通して「I am」を聴いてから、そんなことを感じます。
そういえば「I am」をどこかのジャンルに放り込むならば、どれだろうか。ロック?ポップス? iTunes Storeとしては「J-POP」ですが、これはもともと音楽のジャンルと呼ぶべきものではない。そんなことはまあともかく、J-POPだろうが何だろうが、何に括られても「I am」は「I am」なのだろうと思うのです。カテゴリーの違いによって音が、言葉が、すり減るわけでもない。なんとなく、5年前の『SPEEDWAY』あたりからそんな感じですよね。
2012.09.05
【追記】
「I am」のミュージック・ビデオは、YouTubeに公開されているものと、DVD/Blu-rayディスクに収録されたものには違いがあります。後者の方が長く、完全版と呼んでいいと思います。街中を走るひとりの女性が随所でフィーチャーされているのですが、YouTubeの方では、立ち止まって下を向いているところで映像が終わり、音がフェードアウトしていきます。DVD/Blu-rayディスクではそこから顔を上げ、微笑みます。ほんの少しだけの違いですが、このカットがあるのとないのとでは、全体の印象が大きく異なりますね。
明け方の街でしょうか、女性は呆然とした様子で歩いていますが、その足元はおぼつかない。まとめていた髪をほどいて、走り始める。誰もいない街の中を駆け抜け、駅のホームを走る。行き交う人の波をすり抜けるように走る。そしてふと立ち止まり、顔を上げ、笑顔を見せます。走る姿は何かから逃げていたようにも思えたのですが、最後に輝いた笑顔を見て、それは違うかなと思い直しました。映像に散らばっているメタファーを組み合わせてみると、誰もいない孤独な世界から多くの人が行き交う世界へ戻ってきた、という見方もできますね。これからも走り続けることを決意したような、そして覚悟を決めた笑顔なのかもしれません。
2012.10.21
【追記】
「I am」をカラオケで歌う機会がありました。軽く口ずさむだけでもそうですが、歌ってみるともっと気持ちが上がります。ラップのように流れる言葉もはっきり音にして、言葉の意味を感じながら歌うのがいいんじゃないでしょうか。そして、歌いながら画面に映し出された歌詞を眺めます。この曲で紡がれている言葉は独特のポジションにありますね。内省的なポエムでもなければ、説教じみた言葉でもない。そっと重ねられた手のひらの温かみのようにも、はるか遠くに揺らめく灯火のようにも感じます。
この曲のボーカルはパーカッションに似たものを感じるんですよね。2004年にデビュー曲をリメイクしたときにはウツ自身が同じことを述べていましたが、そのときは「歌も楽器のひとつ」というTM NETWORKの基本スタイルを強調する文脈だったと僕は思います。「I am」では、本当の意味でパーカッションに思えます。音をゆるやかに伸ばしたかと思えば、ぎゅっと凝縮して詰めてくる。流れるように変化する譜割が、音を抜き差ししたり細かく刻んだりするパーカッショニストをイメージさせるのです。
2012.12.09
【追記】
インストゥルメンタルを聴いていると、それまで気づかなかった音が聞こえることがあります。耳に入ってきてはいても、それを自分の知らない音だとは認識していなかった、ということなのですが。ボーカルやギター、他の音に紛れていた音が、ある瞬間にふと飛び出し、音の群れをすり抜けて耳に、心に飛び込んでくる。そうなると、それまで聴いていた音楽が少し変わります。別物になるとまでは言いませんが、ほんの少し立体的になり、そして輝きが増す。アクセサリーみたいなものでしょうか。存在は小さいけれども、それがあるのとないのとでは全体の雰囲気が異なる。
小室さんがGoogle+にポストした内容によれば、「I am」のトラックは、48チャンネルの音で構成されているそうです(もちろん、ミックスの過程で変わっている可能性はある)。ボーカルはもちろん、マイク・スミスのギターや目立つ音のシンセサイザーは耳に残りますし、それが曲の基本的なイメージを決めています。その向こう側にある、40種類を超える音はわずかに鳴っていたり、音同士が混ざり合っていてリスナーにはほとんど意識されないかもしれません。そんな中で、ふとした瞬間に出合う音は宝探しのようです。新しく発見することのできたこの音の役割は何だろう?と考えるのもまた、ひそかな楽しみです。「I am」は、緻密に重ねられた音のレイヤーを楽しめる曲でもあるのです。
2013.01.12
【追記】
小室さんのソロ・アルバム『DIGITALIAN IS EATING BREAKFAST 3』を聴きながら、そこに近年の傾向が詰まっていると感じています。音符が五線譜を上り続けて、途中で少し下がり、そしてまた上り始める。そのパターンを繰り返しつつ、曲の中で少しずつ変化させていきます。そのダイナミックな上下動がエネルギーとなって、BPMの上昇によらず、曲に勢いや高揚感を与えているのではないでしょうか。小室さんの曲と言えば転調やキーの高さが特徴とされていましたが、ここ数年は重心が異なるところに置かれている気がします。
「I am」では、いくつもの音がシンセサイザーで奏でられていますが、曲を構成するメインのフレーズが音の上下動を見せています。1小節の中で音は上に移動して(右上がり)、それが2回リフレインした後、4小節目では右下がりの移動を見せます。このパターンをしばらく繰り返してから、全体の音階が少し上がって、同じ上下動が起こります。音を上げていくパターンを聴かせてから下げるパターンで印象を残す。その後、繰り返しによって慣れたところで、音階を上げたパターンを提示することで耳が覚えていたパターンとの不整合を起こさせ、予定調和が崩壊します。二重の上下動を仕掛けておくことで、変化のあるサウンドになっているのです。通常、こうした不整合は記憶や学習の阻害になりやすいとされています。けれども、意表を突くことで聴き手の高揚感を煽る効果があるのではないでしょうか。「I am」の高揚感は、こうしたシンプルながらもダイナミックな音の上下動が一役買っているのだろうと思います。
2013.03.20
【追記】
次の物語に関するキーワードや気になるメッセージが配信されていますが、少し時間を巻き戻して、とても嬉しいニュースが飛び込んできました。2004年に "DOUBLE-DECADE" というテーマで開催されたライブ・ツアーの最終公演で、「GREEN DAYS」という曲が演奏されました。その後、リリースのアクションがなくてがっかりしていたところ、9年の歳月を経て、ついにCDとして発売されることが決まりました。スタジオ録音としてミックスも新たに施し、「Green days 2013」というタイトルでリリースされます。そして、そこに「I am」のバージョン違い、リミックスも収録されるとのこと。
ひとつは「I am 2013」。ラフミックス時のハーモニカが採用されるのか? いやいや、ラフミックスともオリジナル・ミックスとも異なるんじゃないか? この1年、オリジナルを何度も何度も聴き込みましたからね…。新しい音の予感に、期待は高まります。もうひとつは「I am -TK EDM Mix-」。1年前に、小室さんが「クラブ・ミックスをつくろうとしたけど時間がなかった」とtweetしていたのですが、今回のEDM (Electronic Dance Music) スタイルへの転化は当初の予定を実現することになります。しかも、昨今のダンス・ミュージックを代表するカテゴリーであるEDMですから、TM NETWORKとしては予想外のサウンドになるんじゃないか。そんなことを思います。わくわく…
2013.07.15
【追記】
現在、「I am」の音源は5種類あります。オリジナル・ミックス、インストゥルメンタル、2013ミックス、TK EDM MIX、そして「FINAL MISSION -START investigation-」のライブ音源。それぞれ音の存在、音の違いを存分に楽しむことができます。これまでの追記で散々書いてきたとおり、聴くたびに新しい音を感じたり、新しいイメージが浮かんだりします。インストはともかく、他のミックス違いについて言えば、ボーカルをそのまま使っているのが共通する特徴ですね。3人のハーモニーや綴られる言葉に重きを置いている、と解釈することができます。
ふと思いました。「ほんの少しだけの遅れは/急いですぐ戻ってくればいい」という部分を、ひとりの視点だけで捉えようとしたために、そこでイメージが立ち止まってしまったのではないか。映像が切り替わるように視点がシフトすると考えてみます。すなわち、ひとりが遅れても、みんなが戻ってきて、手を引いて一緒に進めばいい。視点が変わることで、孤独なモノローグではなくなるし、つながりが浮かび上がってきます。そして「群れに集う その瞬間は/明日はともかく みな喜ぶ」という言葉で、視点が俯瞰に変わります。相変わらず「明日はともかく」が強い印象を、そして謎を残しますが、これもまた視点の変化なのかもしれません。歌詞におけるダイナミックな視点の変化も、「I am」の音楽的魅力と言えるでしょう。
2014.01.07
by mura-bito
| 2012-04-30 23:14
| Music

fujiokashinya (mura-bito)
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