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音楽と物語に関する文章を書いています。
ワイルドじゃなくてもいいからタフになりたい
Note my experiences with impressive music and story.
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Seven Colors
Magic Ensemble

Magic Ensemble

quasimode


こだま和文さんが吹くトランペットは、柔らかいソファーに身を沈めてくつろいでいるような感覚を味わうことができます。matzzさん渾身の一曲だそうで、録音当時のツイートやブログでもその興奮ぶりが伺えました。レゲエというジャンルについて僕はよく知らず(ドレッドヘアとかカリブ海とか黄色と緑と赤の衣装とか…合っているのか間違っているのかもわからない)、もっとアップテンポで陽気なものを想像していました。それゆえ落差があるのでしょうか、穏やかな音の移ろいが不思議な心地良さを醸しています。たゆたう音、と言ってもいいかもしれない。

夜明けが近づく森の中。新しい一日が始まる、ほんのちょっと前の静かな時間。太陽が昇る頃に僕らの身体は都市に戻り、やがて都市に飲み込まれていくけれど、それを受け入れ、タフに生きていくための、ほんの少しの穏やかな時間がここにある。そんなささやかな時間が過ぎれば、太陽が顔を出す。そしてきっとティンバレスが朝を告げ、フルートが優しく鳴り響くだろう。

2011.03.29
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by mura-bito | 2011-03-29 22:16 | Music | Comments(0)
Cosmic Eyes
Magic Ensemble

Magic Ensemble

quasimode


日常から100パーセント切り離された時間。そんな雰囲気の漂う音です。ゲストに菊池成孔さんを迎えたこの曲では、歌うようなテナー・サックス・ソロを堪能することができます。もっちさんのテナー・サックスも加わって下地を支えているので、ふたりのサックス・プレーヤーの共演を楽しむこともできます。

とてもおしゃれなバンド・サウンドです。沖野修也さん(KYOTO JAZZ MASSIVE)がセレクトする音楽はどれもかっこよくて気持ちいいのですが、今、沖野さんがコンピレーション・アルバムをつくるなら、この曲も選ぶかもしれない。すごく難しいという印象も抱かず、ジャズから遠かった人も入っていけるんじゃないかなと思います。アルバムの曲はどれも敷居が高くないなと、かなりリピートして聴いても思うし、菊池さんの名前から知って、この曲からquasimodeを聴き始めるのもいいですよね。NHKでやっていた「爆問学問」や「美の壺」でテーマ音楽を担当していますし、ジャズに興味がなくても耳にしている人は多いかと思います。まあ、この曲は、テレビで聴くほどポップではないかもしれませんけど!

2011.03.26
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by mura-bito | 2011-03-26 17:45 | Music | Comments(0)
Flyin' to the Dark -Album Version-
Magic Ensemble

Magic Ensemble

quasimode


シングル「WHISKY'S HIGH」に収録されていたバージョンでは、平戸さんの弾くフェンダー・ローズが前面に押し出されていましたが、アルバムではフリューゲル・ホルンが加わることで、違った雰囲気になっています。演奏は福山光晴さん。quasimodeのホーン・アレンジの大部分を手がけているトランペッターですが、この曲では唯一の管楽器として、存在感たっぷりの音を響かせてくれます。

ローズの音は月のない夜をイメージさせます。ふわりと宙に浮かび、上昇し、そして真っ暗な夜空に染み込んでいくかのようです。そんなローズの音に、フリューゲル・ホルンの音が引き寄せられる。ふたつの音は空で出会う。夜空を漂うアンサンブルですね。じっくりと耳を澄ませて聴くと、音と音の間からイメージが滲む。じわり、じわり。光が眠りに身を任せ始めると、解き放たれたかのように音が漂い始めるのです。

2011.03.26
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by mura-bito | 2011-03-26 12:00 | Music | Comments(0)
グラウンドでもスタンドでも全力プレーしてほしい。
母方の祖母が亡くなったとき、僕は高校3年生で、軟式テニスの地区大会を間近に控えていました。葬儀の日はその大会と重なっていましたが、出場しました。出場したかったし、親も行ってこいと送り出してくれました。葬儀を優先したとしても、それはもちろん別に悪いことではない。

声の限り、伝えたい 鳴り物禁止、チア自粛も http://t.asahi.com/1qxu 応援団やチアやブラバンにとっても甲子園なのだ。電気を使うわけでもなんでもない。今まで応援することに青春かけて頑張ってきた子たちの晴れの舞台を奪わないでほしい。

ironoriさんのツイートより
http://twitter.com/hasirulib/status/50722613357580288

リンク先の記事はこちら
asahi.com:声の限り、伝えたい 鳴り物禁止、チア自粛も

全力プレーはグラウンドだけじゃなくて、スタンドも同じなんですよね。僕はその場に居合わせたことがないので、テレビで映る光景でしか言えません。でも、中学・高校でテニス漬けだったころを思い出し、やっぱり残念だと思います。
「東日本大震災の被災地に配慮して、大会直前に鳴り物による応援が禁止された」…高野連のお達しでしょうか。自粛にも程度ってものがありますよね。ライブやイベント、プロスポーツなら、経営的観点やら多数の観客の安全やら、リスクはいっぱいあるので中止や延期の判断も選択肢としてはあり得ると思います。
けれども、この件は、誰のためにもならない自粛なんじゃないかなと思います。いつもの感じでグラウンドでもスタンドでも全力プレーする姿が、みんなにエネルギーを分けてくれる。しかも、世代を越えて共有できる感覚ですよね。そういうものが、奇しくもこのタイミングで開催される。なのに何故このように中途半端なことをしたのか。

釈然としなかったのは、自分が高校生だったころの感覚と重なったからですかね。大人が遠慮したり風潮やら世間を気にするのもまあわかるんですが、子供たちには思いっきりやらせてあげればいいじゃないかと。それを見た人がどう思うかはまた別ですが、この場合は全力でやってこいと背中をばんと叩いて送り出す方がいい。それは大人の責務だと思うんです。

2011.03.24
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by mura-bito | 2011-03-24 23:03 | Life | Comments(0)
僕も顔を上げてやることやります。
住んでいるところは東京、職場は横浜。したがって深刻な状態ではないけれど、電車は止まったし、これから輪番停電の可能性もある。近所の店からは食料がなくなっていくし、少なくとも対岸の…ではない。微妙なところです。いやむしろ、安全な方かもしれません。外に出て太陽の光を浴びて新鮮な空気を吸うこともできるし、こうやってブログを書ける心的余裕も出てきましたし。

これからは「どちらかと言うと被災地じゃない方」として、自分のやるべきことを考え、誠実に実行していきます。これまでとは意識が違うのかもしれません。リアルだったんですよね、金曜日のことは。もちろん、大きな揺れを感じたこともそうなのですが、歩いて横浜から帰ってきたときに見た、停電する街並みが僕に大きなインパクトを与えました。ライフラインのひとつが遮断されているのを目の当たりにしたため、帰り着いてからの節電には何のためらいもありませんでした。

quasimodeのツアーが先日から始まり、今日も福岡でライブが開催されています。サイトでは今回のツアーを継続するにあたり、グッズの売り上げを寄付したり、募金箱を設置するとの報せがありました。しかもグッズの価格は購入者が決めてほしいとのこと。実際にやってみるとこれが難しいのですが(笹生実久さんのCDを買ったときも、いざ本人を目の前にすると迷いが生じました)、それがお金を渡す側の「意思」の表れなのでしょう。無理して自分の生活を圧迫するほど捻出しなくてもいいし、それでも助けたいから他のところで節約するということでもいい。意思も結果もそしてその後の経緯を見守ることも大事ですよね。心配や不安を抱える状態から一歩踏み出し、そして二歩三歩、前に進む。そういうことが必要とされているし、今ならできるんじゃないかなと思いますね。TwitterやFacebookでの善意の表出を見て、そんなことを感じました。そんなわけで、4月に予定されている東京公演が開催されたときには、目一杯盛り上がって楽しんで、グッズの売り上げに貢献します。もちろん、寄付金の総額など経緯にも注目するわけですが。

他にも、いろいろやることはありますね。仕事をするとか、日常生活を送るとか、あまりにも当然で意識していなかったことを、少し意識してやる、というところでしょうか。消費をストップさせたら元も子もないというか、元気がなくなってしまうんですよね。節電と同じで、何でもかんでもスイッチをオフにするのではなく、必要なものとそうでないものを区別し、必要なものにはお金を出す。そういうことも重要なんでしょうね。言葉にしてもいいし、ひっそりとやってもいい。ひとりでやってもいいし、誰かといっしょにやってもいい。そして続ける。

東北に家族や友人がいて、連絡がつくのをじっと待ってつらい思いをしている人。
テレビやラジオ、ツイッターなどのネットからの情報に胸を痛めすぎている人。
自分にはこんなことしかできない…と思いながらも行動している人。
何も言わずに、自分にやるべきことをし続けている人。
普段どおりの生活を送って、普段どおりの言葉を口にしている人。

…いろんな人がいろんな状況でいろんな思いを抱えていろんな行動をしている。カテゴライズできるほど単純ではないなーと実感しました。これをきっかけに、いろんな人の顔が見え始めました。これからまた嫌なことも起きるとは思いますが、僕も顔を上げてやることやろう、と。

2011.03.13
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by mura-bito | 2011-03-13 18:49 | Life | Comments(0)
弾けないけど、鍵盤が好きなんです。
キーボード・マガジン 2011年 SPRING

キーボード・マガジン 2011年 SPRING

リットーミュージック


表紙とロング・インタビューは小室さんだし、Hiromi(上原ひろみ)やquasimodeの平戸さんのインタビューも掲載されている。なんとV2の「背徳の瞳」のスコアも載っている。ROOTSOULのサポートでキーボードを弾いているswing-oの話も読めます。もちろん、大ちゃんの連載もあり、YAMAHA渋谷店の閉店を偲んだコンサートも様子も掲載されています(このライブ後に浅倉大介×津田大介という「金髪大介」の邂逅が生まれたらしい…!)。いやはや、盛りだくさんで参ります。

小室さんのソロ・アルバム『Digitalian is eating breakfast 2』についての話をたっぷりと読むことができます。坂本美雨さんが参加している「Vienna」、MySpaceで聴いてカッコイイと思った「Go Crazy」、久々に純粋なインストが聴けるのが嬉しい「Extreme」、みっこさんが詞を書いて小室さんがボーカルをとっている「Carry On」などなど。エイベックス色が強くてどうなんだろうなぁ…と思っていましたが、楽しみな部分もやはりあります。「Carry On」なんかは、制作に久保こーじさんが参加しているようなので、そういった旧知のネットワークが実現されたということも嬉しいですね。

Hiromiの新作『VOICE』はアンソニー・ジャクソンとサイモン・フィリップスを迎えてつくられており、また新たなHiromiサウンドを堪能できそうです。特にサイモン・フィリップスの音をこういう形で聴くことができるのはとてつもなく嬉しい! TM NETWORKの『Major Turn-Round』で耳にしたドラムは圧巻でした。ある意味サディスティックなHiromiのピアノとどういうコラボレーションが生まれるのか、来週のリリースが楽しみです。

quasimodeの新作『Magic Ensemble』は、何度も何度も聴いています。1曲ずつ感想(曲を聴いて湧いたイメージの記述と言ったほうが正しいかも)を書いているんですが、聴く度にいろんな特徴に気付くんですよね。その中で鍵盤(ピアノあるいはフェンダー・ローズ)にも自然と耳が行くわけで、ジャズ・ピアノと言っても当然ながらいろいろあるし、聴いて感じることも実に多彩だなぁと思います。どのピアノがポップでどれがマニアックなのか難解なのか、それほどわからないのですが、平戸さんのピアノは一貫してすぅっと身体に入ってきます。それでいて身体の中で響く。

付録のCDには、「Buddha Bar (Ver. 0,8)」という音源が収録されています。この曲は、小室さんがDJTKとしてmF247(丸山茂雄さんが主宰していた音楽配信サイト)で発表されました。そのデモ音源のようですが、当時のものと比べて、サンプリングの声(呪術的と言うべきか、怪しげな感じの声)が小さく、初めて耳にするフレーズが入っています。このシンセのフレーズはとてもカッコイイ。随所に登場して、熱くさせてくれます。そして、後半になってキックが強くなってハイハットとの絡みが身体を震わせる展開は、まったく同じで、とても心地良い。このトラックからまた進化させて曲を仕上げるとのことなので、大いに期待しますねー。

弾けないけど、鍵盤が好きなんです。

2011.03.10
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by mura-bito | 2011-03-10 23:01 | Music | Comments(0)
Chaconne - Die Stadt im Klavier IV


Aki Takase x Yui Kawaguchi / Chaconne - Die Stadt im Klavier IV

光の滝の中で動く身体と鍵盤。高瀬アキと川口ゆいによる、パフォーミング・アーツ「Die Stadt im Klavier」の新作がベルリンで行なわれ、その模様がYouTubeにアップされています。音と動きの境目が見えなくなるような感覚、ピアノと身体が溶け合ってひとつになって、次第に離れていくと、ピアノのような肉体のような塊がふたつ生まれる。ダイジェスト映像でしか観られないのか残念です。おそらくDVDのようなものでフルで観たとしても、その世界に没入することは難しいでしょう。できれば、同じ時間、同じ空間を共有したい。その世界にコミットして、意識を舞台の上と溶け合わせたとき、どのようなイメージが浮かぶのか。どのような文章が僕の中で生まれるのか。いつか体験してみたい。

最後に流れ落ちるいくつもの光の滝が、観た人を穏やかにこちらの世界に帰してくれます。いやむしろ観た人の中にあった一部は向こう側に残ったまま永久に戻ってこないのかもしれない。それらは舞台の上で、仲良く、ときにはぶつかりながら、ピアノの音に合わせて踊っているのでしょうか。

2011.03.07
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by mura-bito | 2011-03-07 22:54 | Visualart | Comments(0)
「揃えれば揃えるほど、コミュニケーションも閉ざされていくのじゃ。」
祖父江慎さんの3連続ツイート、とてもインパクトがありました。テキストの揃えと読み手とのコミュニケーションについて、とても平易な言葉で鋭く指摘しています。

心配症のデザイナーほど「センター揃え」や「左右揃え」というレイアウトをしてしまう。だけど、それって逆効果。・・・揃えれば揃えるほど、コミュニケーションも閉ざされていくのじゃ。
http://twitter.com/sobsin/status/44272566885548032

逆をいえば、コミュニケーションを求めることを必要としないような一方的で守りの構成には「センター揃え」や「左右揃え」など幾何的な構成は、効果的。でも、それって、コミュニケーションや生命力を持つことをあきらめたような構成でもある・・・ってことを忘れちゃダメだじょ〜。
http://twitter.com/sobsin/status/44275042716102656

揃えるべからずなり!・・・「揃える」ことが必要なのは、揃わないところを際立たせるためなのじゃ〜。
http://twitter.com/sobsin/status/44276479667867648


確かに…。揃えることに躍起になっている自分の姿をメタ的に想像するに、それを目にする人のことを考えていない気がする。揃えること自体が悪いというわけではなく、そこからコミュニケーションを奪っていることが危険なのだな。そしてそれは生命力を失わせる…すなわち、死。死へ向かっていく。僕の本業はビジュアル・デザインではありませんが、多少は関係があるし、文章であっても同じことが言えますよね。キャッチボールをするような文章デザインを心掛けようっと。

2011.03.06
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by mura-bito | 2011-03-06 20:58 | Words | Comments(0)
Rebel Riot
Magic Ensemble

Magic Ensemble

quasimode


反逆の暴動。このアルバムがリリースされたのは2011年1月26日。タイトルも含め、曲ができていたのはもっと前のことでしょうから、ただの偶然だとは思いますが、この時期に吹き荒れていたデモの嵐を想起せずにはいられませんでした(もちろん、今もなお、革命の余波、革命後の混乱は続いているのですが)。

命を懸けて自由を勝ち取ろうとしている姿を、インターネットあるいはテレビで見る。狂喜の叫びを聴く。けれども、自分にはそのリアルさ、生々しい気持ちの昂りを共有することはできない。本当の意味で当事者ではないし、自分が住む日本に置き換えて考えてみても、同じような気持ちを抱くことはできないと思います。かと言って、まったく関心がないわけではない。無関心と当事者の間の、グレーなコミットメント。たとえグレーであったとしても、コミットメントし続けることは、相当のエネルギーを必要とします。文字から伝わる惨状に、気持ちがどうしようもなく塞ぐこともありました。それを救ってくれたのは人とライブですが。

転調して高らかに鳴るトランペットが、まるで戦車の発進を告げているかのようです。オールディーズな映画のような雰囲気があります。独裁者の不敵な笑いと、それに対抗する主人公。鋭く鳴り響くフルートの音は、力でねじ伏せようとする独裁者に命がけで挑む姿を想起させます。

…独裁者が民衆を叩き潰すなんて、昔の記録映像や映画の中だけにしかないと思っていましたが、決してそのようなことはないのだと思い知らされました。すべてが偶然の産物だったとしても、この曲に出合い、同じタイミングで北アフリカの政変を目の当たりにしていることは、記憶に深く刻まれるのだと思います。

2011.03.06
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by mura-bito | 2011-03-06 20:40 | Music | Comments(0)
Naghol Jumping
Magic Ensemble

Magic Ensemble

quasimode


スピード感あふれるコンガの音から幕を開け、ドラムがかぶさり、そしてトランペットが加わる。いきなりフルスロットルで走り始めた車に次々飛び乗ってくる、カッコイイ連中。ハリウッド映画のカーチェイスのシーンに似合いそうな曲ですね。

「Naghol」ってなんだろうと思って調べてみたら、バヌアツ共和国で行なわれている儀式みたいですね。「ナゴール」と発音する。なんでもバンジージャンプの起源になった儀式だとかで、ジャンパーが自分の強さを誇示するだけでなく、豊作を祈願するという意味合いもあるとのこと。フリーフォールのようなアトラクションと同じようなものだと思っていましたが、れっきとした文化的行ないが背景にあったのですね。

ともあれ、曲を聴いて僕がイメージしたものとは大きく違ったようです。そのズレもまた聴く側としてはおもしろく、これからは異なるイメージが重なり合う状態で曲を聴くのかもしれません。片やハリウッド俳優が繰り広げる派手なカーチェイス、片や大地に祈りを捧げて身体を張るジャンプ。考えようによっては似ているかもしれません。どちらも勢いがあるし、その命を賭けている。

遥か昔に生まれて受け継がれている儀式が、ひとつの音楽となって海を越えてここに届き、違うイメージと溶け合う。不思議な音楽体験です。

2011.03.05
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by mura-bito | 2011-03-05 21:27 | Music | Comments(0)

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