inthecube
音楽と物語に関する文章を書いています。
ワイルドじゃなくてもいいからタフになりたい
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カテゴリ:Words( 22 )
Why I live in mortal dread of public speaking(なぜ人前で話す恐怖の中で生き続けるのか)


TEDxSydney: Megan Washington
Why I live in mortal dread of public speaking
(なぜ人前で話す恐怖の中で生き続けるのか)

Megan Washingtonというシンガーソングライターを知りました。元日のEテレで伊藤穰一さんと山中伸弥さんの対談が放送されたのですが、そこでピックアップされたTED TalkのひとつがMegan Washingtonによるものです。スピーチの和訳はこちらにアップされています。山中さんは彼女のプレゼンテーションが優れている要因を三つ挙げました。メッセージを正確に伝えている、弱点を明らかにしている、そしてユーモアを忘れていない。

彼女のウィーク・ポイントとは、吃音です。彼女にとって歌は、一時的にであれ、吃音を克服するために重要な役割を果たしました。歌っているときは吃音が出ないし、歌うように話せばうまくしゃべれる。もちろん、歌うように話すことは、すべての場面ではできないため、苦しみから逃れることはできません。

彼女は自らが吃音をテーマにした話をTED Talkのステージで展開します。これまでの苦労や恐怖の記憶をたどりながら、そして吃音の症状を見せながら、自分の思いを言葉にします。それは決して過去の回想ではなく、現在の自分の姿を晒すことです。言葉を連ねるほどに自らの吃音を世に晒すことになる。

彼女は、片手に持ったスマートフォンを何度も見遣り、言うべきことを確認しています。その姿は、必ずしもTEDが完全無欠の人間が立つ場所ではないことを示しています。地位や知名度とは別の尺度、すなわちメッセージの内容によって注目されるか否かが決定する。もちろん同情でもなく。

僕は彼女の話を聴き、話す姿や表情を見て感銘を受けましたし、同じ症状を持つ者として頷くポイントがいくつもありました。自分と同じことを考えている人がいるのだと思い、はっとしました。分かっていても忘れがちなことですね。わりと気にしなくなってきたものの、時として声が出なくなり、その度に恐怖に苛まれる。

いつの間にか、自分しか見えなくなって、苦しみのスパイラルにはまります。そこから抜け出すのは容易ではないけれど、誰かが発したメッセージが届くことで、壁が崩れることがあります。メッセージは発信し続けることが大事なのですね。有名無名を問わず、誰かのメッセージが誰かを励まし、背中を押すかもしれない。

他の障害と同様に、吃音を完全に克服することはできません。マイナスをゼロにしようとするのではなく、自分を構成する要素のひとつとして付き合っていく。マイナスでもプラスでもないものとして受け入れる。周囲の反応を気にすることで症状が出たり悪化したりするものですが、とはいえ、世間の理解が深まることを期待しない方がいい。

いわゆる「異常」なものに対して抱く戸惑いは、誰しもありますよね。視点を変えれば、他の障害に対して自分も偏見を持っていることに気づくはずです。アンフェアな状況であることを前提にして、(努力は必要になるけれど)自分が関わる人に理解してもらうようにすれば、少しは生きやすくなる、はず。

そうしていれば、他の人が抱える悩みを理解しやすくなるかもしれません。こうしたかたちで互いにサポートできれば、それは相互扶助のひとつなのではないかと思います。経済的な相互扶助とは異なる、理解を交換する相互扶助のネットワーク。そういうものがいくつもできれば、吃音が障害ではなく、特徴のひとつになるんじゃないかなと思います。

2015.01.05
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by mura-bito | 2015-01-05 22:18 | Words | Comments(0)
にじみ出る音の言葉を、沁みるように染み込ませる。
JAZZ JAPAN Vol.15

JAZZ JAPAN Vol.15

ヤマハミュージックメディア


少しずつ、ジャズの世界に足を踏み入れている今日この頃です。生粋の、歴戦のジャズキャットには及びませんが、自分なりの楽しみ方ができればベターでありながらそれこそがベスト。ふらりと入った本屋に流れるジャズに耳を傾けながら本を物色してみたり、スピーカーから流れるジャズと商店街の喧騒が織り成すミスマッチに首をひねったり、散歩の途中で見かけたジャズのライブに足を止めてみたり。ジャズに興味を持てばそれに対するアンテナが立ち始め、次々と音が拾われ、僕の中に入ってくる。

そして、好きなジャズ・ミュージシャンの言葉をじっくりと読んでみたり。この『JAZZ JAPAN』は前号から読むようになりましたが、評論家、ミュージシャン、DJ、ライターがジャズというテーマで書いているさまざまな文章を読み、その巧拙を問うのではなく、それぞれの思いを感じ取るのが楽しいですね。コラムであれ、インタビューであれ、新譜のレビューであれ、書き手の思いは言葉を通してにじみ出る。それをそっとすくい取り、読み解いたり、あるいはそのままに受け取って自分の中に沁みるように染み込ませていく。そんなことをしていると、再びジャズを、音楽を聴いたときに、また新鮮な気持ちで楽しむことができます。これもまたひとつの「音楽的な態度」と言えるでしょうか。

音楽とは音を出すことだけではありません。音楽的な態度で世界に臨むことからすでに音楽は始まっているのです。だとすれば音楽批評は文字で綴られた音のない音楽であり,音楽をするのに等しい行為であることは明らかでしょう。

山中千尋
ONE AND LONELY - JAZZ JAPAN vol.15

2011.10.27
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by mura-bito | 2011-10-27 22:37 | Words | Comments(0)
[EN] tumblr for some words
http://somewords4someone.tumblr.com/

The weblog "Some Words For Someone" is intended for use in writing words touching my heart, or quoting them from other blog. I peel words being sticked to a paper, and then drop them into sea called "WWW". The words possibly generate misunderstandings for readers because they have no context. Nevertheless, I'm interested in make an impact on many readers. Now, I often write words, which influenced me. When writing various people's words by myself, it provides motivation to write my words. Taking in various content influences making my content, and output amplifies desire to input. Writing someone's words is one of input. We can find various, colorful, and interesting words in website, Twitter, magazine, and book.

2011-10-15
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by mura-bito | 2011-10-15 22:34 | Words | Comments(0)
tumblr for some words
http://somewords4someone.tumblr.com/

自分にフィットした言葉を書き留め、誰かのtumblrに転がっている言葉をリブログするtumblrです。紙に固着した言葉をはぎ取り、WWWの海に放り込む。文脈から開放された言葉は曲解・誤解の危険を孕みつつ、それでもなおその言葉のインパクトがいろんな人に伝わればおもしろいなぁと思います。とりあえずは自分のメモ帳として、影響を受けた言葉をひたすらに書き連ねています。デジタルな写経ですね。いろんな人の言葉を書いてみることで、ますます書いてみたくなるのです。インプットとアウトプットは両輪であり、こうしたデジタル写経はインプットのひとつです。Webに、Twitterに、雑誌に、書籍に、いろんな言葉は転がっているのです。

2011.10.15
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by mura-bito | 2011-10-15 21:47 | Words | Comments(0)
Some Words from JAZZ JAPAN
JAZZ JAPAN Vol.14

JAZZ JAPAN Vol.14

ヤマハミュージックメディア


ジャズに関する雑誌を初めて購入し、読んでみました。まだまだ自分の知らない世界が広がっているので、このジャズというカテゴリーは好奇心を刺激してくれます。NHKの番組でジャズの歴史を知り、成り立ちは実に人間のプリミティブなところを表現していたのだと理解し、quasimodeやジルデコなどの演奏を体験することで、「都会の夜にしっとり聴く大人の音楽」という先入観は崩れつつあります。ただまあ、ジャンルというもののおもしろいところは、こうやってつながりをたどることで、自分にフィットする音楽に次々出会えることなんですけどね。それもまた事実。

そんなこんなで。ぱらぱらめくって読み進めた中で、印象に残った言葉をいくつかピックアップ。好きなミュージシャンの言葉です。

音楽について評論するということは音楽そのものについて語るのではなく,音楽にまつわる権威やヒエラルキーについて書き,そこに書き手の居場所をマーキングするという行為なのだったという事を忘れて,音楽について書いてしまいました。だから私のようなマチュアでない書き手はいけません。

山中千尋
ONE AND LONELY - JAZZ JAPAN vol.14

ゴンサロ・ルバルカバというミュージシャンの公演が良かったということをシンプルに綴り、知り合いの音楽評論家がそこに居合わせなかったことを記した後の言葉です。強烈な、そして痛烈な皮肉ではありますが、それはもう役割の違いなんでしょうね。いろんな人がいろんな観点でいろんなものを語る、そうであればおもしろいものに出合えそうです。みんながみんな同じものを見聞きしても、まあいつか飽きて食傷気味になりますよね。そのあたりは山中さんの皮肉と重なるところです。「ものを書く」という行為について、なかなか強烈に、(しかも横っ面をはたくように)目を覚まさせる言葉です。

やっぱり僕はどんなに技術がある,正に「芸」な演奏よりも,シンプルで荒削りであってでも,その人の人生,経験が詰まっているSound,Grooveにすごく惹かれる様です。多分,自分が表現を豊にするために,あえて人がしない様な経験をしてきたからこそだと思います。

松岡 "matzz" 高廣 (quasimode)
ジャズ・レコード復興計画 - JAZZ JAPAN vol.14

quasimodeの音楽スタイルやライブの空気を(時に表で、時に裏で)リードするmatzzさん。テーマに沿った音楽をピックアップして紹介するコラムなのですが、今回のテーマは「歌を通してにじみ出るその人の経験」。本人のブログにもインタビューにも、同じ気持ちを漂わせる言葉が登場します。そして特にライブを観る度、この気持ちは貫かれているんだなぁと思うのです。quasimodeの「Seven Colors」という曲に、matzzさんの敬愛するトランペッターこだま和文さんが参加しているのですが、最初はどう捉えていいかわかりませんでした。けれども、ライブでこだまさんのトランペットが鳴った瞬間に、衝撃を受け、その音に釘付けになりました。そんなことを思い出しました。

2011.10.04
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by mura-bito | 2011-10-04 21:53 | Words | Comments(0)
「揃えれば揃えるほど、コミュニケーションも閉ざされていくのじゃ。」
祖父江慎さんの3連続ツイート、とてもインパクトがありました。テキストの揃えと読み手とのコミュニケーションについて、とても平易な言葉で鋭く指摘しています。

心配症のデザイナーほど「センター揃え」や「左右揃え」というレイアウトをしてしまう。だけど、それって逆効果。・・・揃えれば揃えるほど、コミュニケーションも閉ざされていくのじゃ。
http://twitter.com/sobsin/status/44272566885548032

逆をいえば、コミュニケーションを求めることを必要としないような一方的で守りの構成には「センター揃え」や「左右揃え」など幾何的な構成は、効果的。でも、それって、コミュニケーションや生命力を持つことをあきらめたような構成でもある・・・ってことを忘れちゃダメだじょ〜。
http://twitter.com/sobsin/status/44275042716102656

揃えるべからずなり!・・・「揃える」ことが必要なのは、揃わないところを際立たせるためなのじゃ〜。
http://twitter.com/sobsin/status/44276479667867648


確かに…。揃えることに躍起になっている自分の姿をメタ的に想像するに、それを目にする人のことを考えていない気がする。揃えること自体が悪いというわけではなく、そこからコミュニケーションを奪っていることが危険なのだな。そしてそれは生命力を失わせる…すなわち、死。死へ向かっていく。僕の本業はビジュアル・デザインではありませんが、多少は関係があるし、文章であっても同じことが言えますよね。キャッチボールをするような文章デザインを心掛けようっと。

2011.03.06
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by mura-bito | 2011-03-06 20:58 | Words | Comments(0)
自分の感性くらい自分で守ればかものって誰かが言っていた
2009年10月13日のTwitter。

angela-akiの新曲にぐっときています。すごいvocal。

音楽は、70年代は聴くもの、80年代は踊るもの、90年代は歌うもの、そしてこの10年は、「聞くもの」になったのではないか?

公園ではしゃぐ童、転がるネコ。時間も風も穏やか。ピースフル。

.@lwc80s たぶん、この140文字もアウトプットと言えばアウトプットになるんじゃないかな。文脈が欠如しているだけで。同じテーマに興味を持つ人たちが出し合った140文字を編集して文脈をつけてみたら、ひとつのアウトプットになるかもね。

.@lwc80s 個人的には、outputを生成するのは、思考トレーニングだと思っていて。そのプロセスをさらけ出して、遠くの人に突っ込まれたり共感されればいいかなと。DeeeepなDisにはならないけど、それは対面でやろうよって割り切る。論文を書くには時間も気持ちも足りないし。

netに書き残しておくだけだと、その興味は長続きしないのが問題なのだけど。

すごい。Jazztronikづくしだ。Real Clothes

samurai!!!

twitterでrealtimeを刻んでも、すぐにPasttimeになって流れていく。まるで時の河byFenceOfDefense

http://twitter.com/fujiokashinya

こういうことをやっていると、ますます編集する力・文脈生成力が育たなくなってしまいますが。。。あらゆるRealtimeは、例外なくPasttimeになっていくんですが、その中でも自分の生き方くらいは常にrealtimeを保っていたいものです。自分が刻んだ言葉くらいはポイしないで大事にしていようと思うのです。

2009.10.13
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by mura-bito | 2009-10-13 23:56 | Words | Comments(0)
溶けかけた脳から出てきた言葉もだいぶ溶けかけている
夏休みらしい夏休みをとらないと、どうやら脳が溶けかけるようです。脳が夏バテの様相を呈してきました。バーンアウトっぽい感じでもあります。そんなときは思いついたことを思いついたままにNO EDITで文章にしていくに限ります。

みなさん、ドラッグ・アンド・ドロップしていますか? リアルにドラッグ・アンド・ドロップしていませんか? 改めて考えてみると、この言葉はすごい意味を持っていますね。ドラッグしてドロップしちゃうんですよ。まったくもって、片手で簡単にできちゃいますしね。今年の夏こそ、この言葉が見事に似合うってなもので。

エキサイト・ブログやmixiのバナーにやたらと「自民党」の文字が躍っています。アプローチがほとんど野党な感じではありますが。これもまあいわゆる単純接触効果とかで、毎日見ていれば、何かしら記憶には残るのでしょう。それがポジティブかネガティブかはともかく。小浜さんに倣って、ネット戦略ですか? 世耕さんあたりががんばっているんでしょうか。

とりあえず、横浜市長選の前に、開国博にいくら税金が使われたかを調べてみたいと思います。

今日はバイクもしくは俳句の日。脳も身体も溶けそうな夏の終わりに「夏の終わり」を聴く。

2009.08.19
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by mura-bito | 2009-08-19 19:48 | Words | Comments(0)
オヤスミとおふとん
Twitter的な感じで恐縮なのですが


オヤスミ

っていう言葉はカタカナで、


おふとん

っていう言葉はひらがなで、


それぞれ書くと
なんだかそれっぽくなるというか
とってもしっくりきます

何故だろう


Rie fuのブログで「お花も中でオヤスミ..」と書かれているのを見て、なんだかとてもいい感じだなぁと思ったのです。意味とビジュアルがマッチしたときに起きるこの快感は何なんでしょうね。そしてこんなことを思うのはマトモじゃないのかもしれませんが。ま、何はともあれ、そんな日常のひとコマを今日という日に刻み込む。

2009.08.05
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by mura-bito | 2009-08-05 22:58 | Words | Comments(0)
壁の前に転がる卵の気持ちは如何なるものかと
村上春樹がイェルサレム賞(そういう賞があったんですね)を受賞したそうで、その授賞式で印象深い言葉を残したとのこと。言葉だけが独り歩きしそうな予感はありますが、それでもこの方の言葉には人を惹きつけるものがあります。年内には新作が刊行されるかもしれず、そういったタイミングでメディアに登場することで、否が応でも期待が高まります。impressiveな言葉をAFPBB Newsより引用します。

「欠席して何も言わないよりも、ここへ来て話すことを選んだ」

「イスラエルを訪れることが適当なことかどうか、一方を支持することにならないかと悩んだ」

「作家は自分の目で見ていないこと、自分の手で触れていないものは信じることができない。
だからわたしは自分で見ることを選んだ。何も言わないよりも、ここへ来て話すことを選んだ」

「固い、高い壁があり、それに1個の卵がぶつかって壊れるとき、
どんなに壁が正しくても、どんなに卵が間違っていても、わたしは卵の側に立つ。
なぜならば、わたしたち1人1人は1個の卵であり、
ひとつしか存在しない、壊れやすい殻に入った精神だからだ。
わたしたちが立ち向かっているのは高い壁であり、その壁とは制度だ」

誰しも見ていないもの、触れていないものを信じることはできません。ある程度の言葉である程度話すことはできるけれど、信じる、という言葉の重みにはきっと耐えられないでしょう。すべてを知って触ることはできませんが、その機会があるならば、見て聴いて触れる勇気は持ち合わせていたいものです。卵のひとつとして、そんなことを感じました。

2009.02.17
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by mura-bito | 2009-02-17 22:25 | Words | Comments(0)

fujiokashinya (mura-bito)
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